鳥類的雑記帳

色々と思っている事を書き連ねていくつもりです。

【読書感想文】インビジブル(坂上泉)

 第164回直木賞候補作。作者はやる夫シリーズで有名らしい。そのあたりはあまり知らないが、そういう人がどういう話を書くのだろう、というのと久々にハードカバーを手に持って読みたいと思い購入。直木賞候補作は伊達ではないだろうと思ったが、やはり相応の面白さがあった。

 太平洋戦争後の日本、大阪警視庁(という時代だったらしい)に在籍する若手刑事と東京からやってきたキャリア組がコンビを組んで殺人事件の調査に乗り出すという話。もともとそういう専門の人なのか、歴史背景の解説含めて、戦後の空気感が非常に濃く伝わってくる。戦中と戦後が繋がっているという雰囲気を漂わせつつも、主人公のような戦後世代が立ち上がりつつある気配も感じさせる。

 あらすじそのものは、刑事バディ物としてはかなり王道。世代的に踊る大捜査線を思い出さずにはいられないけれど、王道とはつねにそういうものか。それ以外の部分でも、エンタメとして抑えるべき部分はきっちり抑えられている。ミステリ小説の類でもあるけれど、その巧妙さに主眼をおいてはいないと思う。力点が置かれていないだけで筋もしっかりしているし、引き込まれるものがあるけれど、簡単といえば簡単な類だった。

 あらすじの妙というよりも、やはりそれを取り巻く濃厚な戦後の空気というのが評価点になっているのではないだろうか。もちろん戦後の空気なんて知らないけれど、読んでいると不思議と伝わってくる何かがあった。ハリボテのように頼りげのない建物、つんと鼻に来るような空気、戦後の時代に乗る人と掃き溜めに放り投げられた人たちが交差する町並み。見てきたように書かれた文章の味がなんともいえない。話の筋よりも、登場人物を取り囲むその空気をもっと味わいたいと思ってどんどんページを捲っていった。

(以下ネタバレあり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがちな警視庁内の内ゲバも、当時の世相を反映していて説得力がある(といっても無知だからあくまで気がするだけ)。時代背景設定などから受ける印象は非常に硬派なのだけれど、その結果からくる展開は実にエンタメといったところでメディア化したら受けそう。特に政治的圧力でのらりくらりと捜査を脱線させようとする上の連中に、マスコミへのタレコミを使った反撃をするあたりは痛快。ありがちなマスコミは嫌なヤツらっぽく書かれているけれど、それでも使いようなんだよって展開は面白い。お互いにお互いの意図を探り合う記者も新城も曲者といった風で飽きなかった。

 エリートコースの相棒・守屋に過去色々あったというのも王道だけど、その理由付けもしっかり作品の雰囲気に沿ったもので、考えさせるものがある。特に後悔の念から特攻に志願したという下りは、さらっと流されてはいるがなかなかぶっ飛んだ発想のように思える。そういう時代だった、ということだろうが。守屋がそのあたりを語ってくれる新城父の覚醒剤の下りは、この作品が持っている奥深さを象徴するような内容だった。ミステリとしての筋よりも、こういう登場人物の心情やその背景に広がる世界とそこから漂う「匂い」のようなものがありありと感じられる、ということこそこの作品の魅力ではないだろうか。

 残念だったところを上げるなら、えべっさんについて解説してくれた記者がちょっと浮いているところと、ミステリの謎解き部分にそれほど勢いがなかったことくらいか。と言ってもえべっさん記者については、他の登場人物が非常にきっちりまとまっているからこそ少し目立つといった程度。っていうかこの記者、続編があったら出てくる準レギュラーキャラじゃないの、と思わないでもない。ミステリとしての謎解きパートもやっぱりそこがこの作品の肝ではないし、むしろその後に続く犯人確保以降の下りが本番とも言える。殺人犯が倒したかった相手は倒れず、追い詰めてはいるがなんとも締まらないというちょっと後味の悪い結末。なにより犯人から突きつけられる「俺は自分で考えて自分で行動して自分で責任をとる。民主主義ってそういうものだろ。お前はどうだ?」という問いは、新城のみならず読者にも刺さる。ここにこそ、この作品の真髄を感じる。

 守屋が新城の姉とくっつきそうな気配を漂わせてるあたり、あと1冊か2冊くらいは続きそうだし、続いてほしいとも思えた。でも長期シリーズとしては題材的に難しそうだなぁ、と思う。この戦後の微妙な時代の空気感を持ったまま長々と話を作れるかは、ちょっとわからない。