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鳥類的雑記帳

色々と思っている事を書き連ねていくつもりです。

シンデレラガールズ二次創作のプロデューサー像に関して思うこと。

 どういう流れだったかはいまいち思い出せないのですが、Twitterでこういう呟きをしました。自分が二次小説を書く時に、何を基準にしているのか、というお話です。

 

 

 今回はこれについて書いていきたいと思います。シンデレラガールズどころかアイマスに入ってまだ一年くらいなのですが、その間に感じたことの総括という意味も込めています。

 議題「武内PとオリPの間にある差は何か?」

  昔から飽きるほど取り上げられている話だとは思いますが、アニメ版シンデレラガールズが放送開始になって1年というタイミングで言い出した、新参者なりの意見として聞いてもらえればと。

 

 

 

 1. はじめに

 

 色んな意味で濃いキャラクターだったアニメ版プロデューサー(武内P)がいたことに加え、1話の完成度が非常に高かったこともあり、私のような「アニメ新規組」が大量にシンデレラガールズ(あるいはアイドルマスター全体)というジャンルに流入したのが2015年でした。

 私の2015年は色々な意味で「武内Pイヤー」でした。彼を中心に、この1年で色々と変化がありました。特筆すべきは、久しぶりに筆を取って、色々とSSを書いたことです。5月くらいに書き始めて、6月にシンデレラガールズ関連処女作を公開して、幸いにも多くの人に受け入れてもらえました。その後、ちょくちょくと武内Pにまつわる色々なお話を書いています。新参のにわかがそうやって入ってきても、アニメ化以前から活動している方々は暖かく迎えてくれました。

 ただし、そうは言っても、やはり私のような新参者とは違う空気が(原作組とでも言うべき)彼らの中にはある、と感じる事もしばしばあります。シンデレラガールズというコンテンツにまともに関わる事になって1年も経っていないにわかでは、想像もつかない不満点をアニメに対して持っている方も結構いるようで、そういう意見を見る度に「そう思うもんなのか!」と驚いています。皮肉ではなく、目から鱗が落ちる思いです。

 そうやって、想像出来ない不満や考えを持っている人たちを見ると、自分の作品をより認めてもらおうと思うならば、ジャンルについてさらに深く調べないといけないな、という意識が湧き上がるわけです。新参はそれらしい顕著さを持て、とはコンテンツに対する私の基本スタンスですが、それはまた別の機会にでも。

 武内Pを基準としたカプ物を書き連ねている私なわけでありますから、ジャンルを調べる際に必然的に注目する点の1つが、「原作組の方々が思い描くプロデューサーとアイドルの関係とはどんな物だろうか?」という部分です。もっと言えば、私が一番興味を持っていたのは、「武内P以外にはどのようなプロデューサー像があるのか?」ということでした。

 デレマスには当然の事ながら、アニメ化以前にもプロデューサー像としてある程度確立されたイメージ、いわゆるモバPなどと呼ばれる存在がありました。このモバPは、程度の差はあれ、武内Pとは正反対と言えるキャラクターです。アニメ化において強烈な印象を与えた武内Pは、それ故にこのモバPとは全く別の存在であると、我々に強く認識させる存在でもあります。(武内Pもデレマスゲーム内の断片的情報を繋ぎ合わせた結果であるという意見もありますが、後述する理由により、モバPとは全く別の存在であると私は考えています)

 この2つの相反するプロデューサー像こそが、デレマス二次創作において作品の立ち位置や雰囲気を大きく変化させる要因になっているのではないか、と思ったのが、こういった記事を書くに至った主な原因です。武内Pに関する創作も、今では結構な数が見られるわけですが、そのキャラクター性故にモバP基準の創作とはまた違った雰囲気を持っているようにも思えるのです。となれば、「武内Pじゃないと読む気にならない」だとか「武内P関連の作品は受け付けない」とかそういう人も少なからず出てくるわけです。それは個人の趣味趣向の問題でありますから、本記事においてそのどちらが正しいかとか間違いだとかを議論する気は全くありません。この記事において注目するのは、「どうしてそれほど強く好みの違いが現れるほどに、2つのプロデューサー像を使った作品の間には差があるのか」という点です。

 この記事では、デレマス二次創作におけるプロデューサー像の姿を、武内PとモバPを比較対象にしながら、新参者なりの視点で書いています。その上で、新参者なりに武内P関連の作品を書く上で何を常に考えるのか、という私的な意見をまとめました。

 

 

2. 無個性なモバPは自己投影か?

 

 誰にでも気軽に話しかけ、それでいて不快な感じを受けない。コミュニケーションに特別な難はなく、一歩引いてる場面は多くとも担当アイドルが悩んでいれば何かしらの答えをくれる人。色々とジャンルを調べていく中で出会うモバPという存在は、大まかにはそういう人です。作者によって色々と差異はあれど、どこかに共通項のようなものは存在しているかと思います。それなりに若いくて年下アイドルは呼び捨てにして、大人組にはフランクな敬語を使う……みたいな。

 いわゆるモバPというのはそういう、プレーンなキャラクター性だと私は認識しています。人によっては「無味無臭」とすら言えるそうです。その辺の是非はともかく、癖の無い人格者、というのが大まかな認識でしょう。たまーにそこから外れたキャラもいるわけですが。

 こういうキャラクターを評するときに、よく「自己投影しやすいように無個性」と言われます。実際にそういう像を目指したと言われるキャラは、まぁ大体はモバP的なキャラになりがちでしょう。どっかのお月様で聖杯戦争してる奴みたいな例外を除いて。

 ただし自己投影と一口にいっても、「こいつは俺なんだ!」というパターンでプロデューサーを描いている人というのは、そんなに多くないのではないでしょうか。考えてもみて欲しいんですが、二次元アイドル作品の創作なんてやってる捻くれ者が、リアルの女の子に馴れ馴れしく呼び捨てで話しかけて笑顔で色々と諭してあげるなんて出来るでしょうか。少なくとも私には無理です。あと何よりあんな爽やかルックスではない。

 ともすれば自己投影というのは、単純な「モバP=俺」という方程式に収まらないのでしょう。自己願望を含んだ投影というのも考えられますが、創作ということに限って言うのならば、それも薄いんじゃないでしょうか。特に漫画や小説のようなストーリー性があるものになればなるほど、物語として展開しなければならないので、自己に関する何らかの欲求を投影することは不可能とは言いませんが困難にはなるはずです。少なくとも常識的な範囲でアイドルのキャラ性を守ろうとするならば、その分だけ何らかの制約が発生します。

 モバPという、本来ならオリキャラと言える存在でもある程度の共通項があることからも、単純な自己投影キャラではないことは確かです。逆に言えば、その共通項を創りだす何かの「共通認識」によって一般的なプロデューサー像であるモバPが作られている、ということです。

 そういう、数多いる物書きさんたちの間に共通する認識なんて、そう多くはありません。

 ここで私が思う「モバPを構成する共通認識」とは、「アイドルが慕っていそうな良い男」という物だと思っています。作者さんが考える「こういう奴ならモテそう」という像とも言えます。爽やかな外見で笑顔が眩しく、話しかけやすいし相談にも乗ってくれる。そりゃ「モテる男」と言われりゃ、誰だってそういう人間を思い浮かべるわけです。

 ある意味では「自己投影キャラ」ではあります。社会、あるいは文化によって構成された「慕われる男性像」という常識を投影した結果が、モバPのキャラクター性とも言えるわけでしょう。作者の欲求とか願望による投影ではなく、文化的背景を投影した結果が、この手の「無個性キャラ」の結果なわけです。

 プロデューサーの掘り下げに特に意味はなく、問題となるのは原作キャラ……ようするにアイドルです。そっちに紙面を割きたいに決まってます。であれば、メインじゃないプロデューサー像は、簡単にキャラクター性を理解できるようにしないといけないわけです。そういう時には社会によって培われた「常識」の範囲内であれば良い。メインではないが故に、最も手軽な手段が取られる、という単純な話です。

 モバPは言ってみれば個人ではなく、「象徴」なのだと思っています。

 

 

3.武内Pという「キャラクター」

 

 最速でキャラ性を与えるという面でモバPは無味無臭だと言いたかったわけですが、これに対して武内Pはかなり複雑なキャラクターです。

 まず、さきほどのモバPのように、ぱっと見だけで「あぁこいつは慕われそうだな」と言える特徴はほぼ皆無です。大男、目つきやばい、喋らない、過去も分からないから何考えてるかわからない、話しかけづらそう……。これだけで「あぁこの人ならアイドル任せられるわ!」ってなるなら、結構な特殊性癖でしょう。

 それだけならアクの強いキャラとも言えるんですが、このPが複雑なのは「それでいて誠実ということだけは伝わる」という部分です。実際、1話だけ見てもかなり丁寧な人格者であることはある程度伝わってきます。この外見の面倒臭さとは正反対の内面こそが味わい深いとも言えるのですが、しかし面倒な事には代わりありません。何せ、中身は良く分からないことに拍車をかけてるだけなんですから。

 武内Pは、上述した「文化的背景から導き出される慕われる男性像」からは大きく逸脱します。多くの人が持つ共通認識によって生み出されたモバPは、ある程度読者側の常識による補完が可能です。けれど武内Pはどちらかと言えば明確な「キャラクター性」があり、それはそのまま「複雑な人物像」という読者の内面にある情報だけによる補完が困難な代物です。設定やストーリーを逐一思い出さないといけないわけですから、「アイドルの話を読みたい!」と思っている人達には手間ばっかりかかって、不快に思えるでしょう。

 言ってみれば、武内Pは本質的にモバPとは真逆の方向性であるわけです。モバPは「社会常識により大まかな像が、作者と読者の間で共有されている」わけですが、武内Pは「あくまでキャラクターであるので、作者がどのような特徴をクローズアップしているのかを読者に伝える必要がある」ということになります。モバPは自分の良く知っている像によってアイドルたちを見るレンズの役割で、武内Pは盤上を動くただの駒の1つでしかない……と私は考えています。

 この「盤上を動く駒」でしかないと思える最大の要因の1つが、7話で明らかになった彼の過去です。「一度何人かのアイドルを担当し、その内の何人かが彼の元を去った」という話。基本的にこの手の話がモバPに関して出てくる事はありません。「失敗をした」というネガティブな要素は、「慕われやすい人物像あるいは象徴」から真逆の方向性だからです。もちろん紙面を割いてその事を掘り下げる場合は別ですが、多くの場合はプロデューサーにそんな労力は割かれません。深く掘り下げる場合は、その「プロデューサー」はれっきとした一人の「個人」になるわけです。実際、「失敗をした過去がある」というのは武内Pを特徴づける重要なファクターですし、それに関する創作も多く出ています。つまり彼を語る上では決して外せはしない傷ということになります。

 見た目や過去といった傷を抱えるのが、良くも悪くも「個人」である武内Pというわけです。 

 

 

4.どっちのプロデューサーを取るのか。

 

 明らかに性質が異なる2つのプロデューサー像ですが、別にどっちが悪いとかそういう話ではありません。 投影が悪いとかそういう話になると、武内Pにだって何かを投影する余地は残ってきますから。

 こういう場合、「何を書きたいか」「何を読みたいか」がどっちのプロデューサーを取るかに関わってくるのだと思います。

 何回か言ってはいますが、「アイドルたちの話を書きたい!」という場合、武内Pの個性はほとんどデメリットしか与えないはずです。仕事を持ってくるだけでも、彼は彼なりの信念がアニメ本編で描かれているので、それに沿った形にならなければいけない、となるからです。そんなのは余計な手間と思う人がほとんどでしょう。なら最初からモバPにしておいた方が書く方は楽だし、読者側も「Pは何を考えてその仕事を持ってきたの?」という余計な思考を巡らせずに済んで、ストレスフリーとなります。誰だって、何かを覗くときの双眼鏡には汚れなど無く、透明で綺麗なレンズ越しの方が良いと思うに決まっています。

 ですから、武内Pがクローズアップされる場合、アイドルだけが主題になることはないでしょう。あくまで「このプロデューサー相手なら、このアイドルはこう動くだろう」という考え(あるいはその逆)によって、物語が作られているはずです。囲碁や将棋の棋譜を並べるようなものです。あくまで作者は駒を動かしているに過ぎず、その駒の動き方はアニメ本編の描写や設定によって決まっているのです。その譜面が面白いかどうかを見ているだけなんです。

 レンズ越しに覗いてみたいのか? 譜面を見たいだけなのか?

 その認識の違いが、書き手及び読み手に存在する「モバPがいいのか武内Pがいいのか」という違いなのだと思います。どっちを取るかは、ただ好みの問題です。

 

 

5.まとめ

 

 自分なりにモバPと武内Pの間にある、扱いの違いのような物を考えてみました。その結果、モバPの人物像は「多くの人が共通して持つ常識によって規定された、ただの象徴」であり、武内Pは「何らかの過去を明確に持っている、面倒くさい面も多く待った生きた人間でしかない」ということになります。 

 重ねて言いますが、これでどっちが良い、みたいな話をするつもりはありません。単純に好みか、あるいは役割の問題ということです。

 むしろ役割の問題をしっかりと念頭に置いて、作品を作るべきだと私は主張していきたいのです。モバPは「作ろうとしている作品において用意されるべき最適な人物像」として武内Pのような存在と取って代われますが、武内Pの場合は明確な設定が与えられていて自由度が低いので、自由度が高いモバPと単純に互換されるわけにはいきません。

 二次創作のキャラクターとして守られるべき設定のラインが存在するはずなのです。その辺については、また別の機会にでも触れられたらなと思っていますので、今回はこの辺で。長いなァ。